『暴露史記』ヤマギシズム学園の虐待児たち

1980-90年代 ヤマギシズム学園は子どもたちのディストピアだった。

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【イベント】楽しくもない過酷なお正月

投稿日:2018年1月22日

お正月

ヤマギシでは年中無休で子供たちも労働に勤しんでいたとは言いましたが、たった1日だけ休日がありました。それは1月1日の元旦です。ただ、これもかなりのハードワークだったので何ともな思い出です…。

まず小学生の時は、元旦にヤマギシの住人が一斉にホールに集まって、代表の人のあいさつとか今年の目標を述べたりする式典があって、それに強制的に出席でした。内容は「Z革命が~」とか「全人幸福が~」とか如何にもカルト的な内容で意味わからなかったし、ほとんど覚えていない。座る事ができないので、早く終わって欲しいとしか考えてなかった。

自分達の役目はその式典で最初にやる楽器の演奏。年末の忙しい時期からパート分けされて必死に練習する。式典に出席する大人達に見せる為のもので、いつもの月一回の歌の披露と言い、子供の成長を見せる名目で本当にいい様に使われていたんだなと思う。

中学生の頃は別の場所にいたので、この式典はなかったのだが、朝方3時ぐらいに起床して付近の山に向かう。真っ暗で凍える様な寒い中、日の出前に山頂に向かうのだが、これがかなりの重労働。何とか到着すると零下何度か分からない状態で上半身裸になり、毎年練習させられているソーラン節を踊る。

このソーラン節と言っても金八先生でやっていた、よさこいソーラン節の様な格好いいのではなく、旧式のと言うか本家北海道のダッサイやつをやる。終了と同時に今年の目標を大声で叫ぶ(ヤマギシ的な内容でw)。周囲には初日の出を拝もうとする一般観光客も多く、その中でやるのは、ホント恥ずかしかったし、何より凍死しそうだった。

それが終わると全力でマラソンをして下山し帰宅する。どこかのスパルタ合宿でもやらない様な過酷なものを強制的にやらされて、折角のお休みも疲労で一日中動けませんでした。両親に新年の挨拶する事もなく、お年玉を貰う事もなく、ヤマギシの考えだけが正しいとされていた為に宗教は許されず神社へ初詣もできなく、あまりいい思い出がありませんでした。親戚や学校での友達から届く年賀状がたった一つの楽しみでしたw







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