『暴露史記』ヤマギシズム学園の虐待児たち

1980-90年代 ヤマギシズム学園は子どもたちのディストピアだった。

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【感想】洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇

投稿日:2018年2月10日

【感想】洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇

ヤマギシのブログを書く為には、昔を思い出すのと同時にヤマギシを知らなくてはいけないと考え購入してみた一冊。ルポライターである米本和広氏が実際に特講(特別講習研鑽会)に参加して体当たり取材した本である。

序盤はヤマギシの子供達との対話による取材、さすが本職で文章を書く人だけあって、身に覚えがある内容でガンガン心に突き刺さった。自分の後輩が実際に出ており、彼がヤマギシを出てから批判活動に一役買っていたのはネットの情報で知っていたのだが、どうやらこんな所にも協力していた様である。

自分も当時、中日新聞の記者にヤマギシを出た貴重な人材として取材を受けた事があるが、書かれた記事があまりにも本質を得ていなくて愕然とした。ヤマギシを出たばかりで言葉を知らず、全く自己を表現する事ができなかったのだ。今では拙い文章ながらも何とか自分の意見を言えている気がする。

 

中盤から終盤にかけては、米本氏の特講体験記である。特講とはヤマギシ最大のマインドコントロールの場である。実際に自分は受けた事がないのだが、子供にもある程度の情報は入ってくるし、いかにも神格化して守秘義務を施している時点で怪しさは十分すぎる程伝わっていた。

ただ、内容については詳しく知らなかったし、一週間とにかく研鑽会(ヤマギシ的話し合い)をとことんやるぐらいの知識だった。段々と読み進んでいくうちに何度も背筋が凍る想いをした。あの内容は完璧に計算され尽くした、洗脳の集大成であるのが理解できたからだ。

普通の人ならコロッと行くし、自分に問題点や負い目を感じている人なら尚更である。意志の強さではどうにもならない内容であり、もしあの洗脳に引っ掛からない人がいるのであれば、それはヤマギシの中身を知っている子供達だけである。

どんなに正論で綺麗なお題目を唱えても言っている事とやっている事が違う大人達を日常的に目の当たりにしているし、話す内容も新鮮味がないので耐性がついているからなのだ。

例えば、嫌いな食べ物がトマトだったとして、「トマトはトマトであり、嫌いなものではない」と説くと、知らない人からすれば目から鱗が落ちる内容なのかも知れないが、実際にヤマギシの村人は自分の嫌いな物は食べなかったり量を減らしているのを知っているので冷静な目で見る事ができる。(子供達には好き嫌いは絶対に許さない)

また、この特講に関わらず、ヤマギシ側の意見に同調しない人に対しては「本当はどうなのか」と詰め寄るのだが、例えば上記の「トマトは嫌いなものでない」に対して逆説的に本当はどうなのかと考える事は一切ないのである。本当に自分達に都合の良い考え方しかしないのだ。

「誰のものでもない」についても、土地は大昔は誰の物でもなかったとか、食べ物によって人間は生かされているから自分すら誰のものでもないとか極端な考え方をするのだが、それにしては子ども達が空腹に耐えられず物を盗むと怒るし、誰のものでもないのであれば、必要がある品物を世話係や調整機関などに提案などと面倒な事をする必要もなく、すぐに使える筈である。お金に関しても、誰の物でもないのであれば、ヤマギシを出る人にせめて安定した生活ができるまでの支援があってもバチは当たらないだろう。入村時に全財産を没収し、今まで散々、無報酬で働かせ搾取してきたのだから…。

「なぜ腹が立つのか」なんて特に酷いものである。自分の親はヤマギシに入る前から自分が気にいらない事があるとすぐに腹を立てる人で日常的に暴力を振るい、ヤマギシに入ってもそれは何ら変わらず、現在でもちょっとした事ですぐ腹を立てる人である。

例を出すと食事をしに行くと店員さんにも横柄な態度を取る様な人であり、家族など自分より下の立場にいる者が思い通りに動かないと腹を立てる最低の毒親である。

世話係なんかも全くもって論外であり、自分が気に入らない事があるとすぐに殴りつけ、感情的になって威嚇したり、気分で学校に行かせないなど日常茶飯事である。あれを自分の感情抜きでやっているなんて、どの口が言うんだと怒鳴りつけてやりたいのだが、彼らは子供達の為に叱ってあげているなどと言う日本語を全く理解できない人種なので相手にするだけ無駄である。

 

終盤では、再度子どもの虐待についてや、ヤマギシの内情について書かれている。ここでもヤマギシの同級生であった親の実名が出てきて驚く。タブー視されていた性についても書かれており、かなり知らない事が沢山あった。言われてみるとあの時はそうだったのかと思える内容ばかりで、妙に納得できた。

対外的にはリーダーはいない事になっている筈だが、米本氏はヤマギシの中心人物にも数多く会って取材している辺り行動力の高さはさすがである。欲を言えば、もっと早い時期に取材をしてヤマギシの実態を暴いて欲しかったと悔やまれる。

自分も子供の頃に米本氏が取材に来てくれていたら、冒頭の子供の様に間違いなく「おじちゃん、僕たちを助けてよ」と言っただろう。







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