『暴露史記』ヤマギシズム学園の虐待児たち

1980-90年代 ヤマギシズム学園は子どもたちのディストピアだった。

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【感想】小野さやか監督 映画『アヒルの子』

投稿日:2018年2月11日

小野さやか監督 映画『アヒルの子』

映画監督の小野さやかさんが第2作「恋とボルバキア」の公開記念として、1作目である「アヒルの子」を全国で再上映している。

現在では東京、名古屋などが終わった様である。公開スケジュールはこちらに掲載されるので興味があればどうぞ。

本作は7年前の作品になるのだが、自分も当時は映画館に足を運んだ事がある。偶然にも、この作品を上映用にディスク化する仕事にも携わった事があり、ご縁がある作品である。

これを見たのは、7年も前の話になるので記憶があやふやな部分もあるが、ヤマギシに入れられた事を前面に出して告知していたので興味があった。実際に内容を見てみると彼女は5歳の時にヤマギシズム学園幼年部に入れられたとの事だ。

ヤマギシの考えでは、「子、5歳にして放つ」と言う考えがあり、小学校に上がる1年前の幼稚園年長の時期にヤマギシで子供達が集団で暮らす幼年部に入れられる。

自分も実は行かされた事があるのだが、いきなり親と離れて子供達だけが集まるので最初は全員が一つの部屋でわんわん泣く所から始まる。次第に順応していくのだが、親と会えるのは年数回だけあって確かに厳しい環境にあり、両親が月7万円もの保育費を支払っていたとは言え、捨てられたと感じても仕方ないだろう。トラウマになるのも最もである。

しかし、幼年部に関しては朝食やテレビやゲームがなかったりとヤマギシの基本的な部分は同じなのだが、言ってみると楽園村がずっと続く内容だと考えて貰って構わない。

厳しい毎日の労働も虐待もなく(多少のしつけはある)、多くの子供達がヤマギシの中からではなく、一般社会から送られている為、比較的人道的な教育だった。同じ学年の子供達だけが集まるので、上下関係もなく、いじめがあったなんて事もない筈だ。

小野さんが、どの様に当時を感じたのかは映画を見れば分かるのだが、自分から言わせて貰うと彼女はヤマギシの1/100の経験していない。当時のトラウマを考えてしまうのも仕方ないかもしれないが、幼年部の次にある初等部に行かされなかっただけ、両親の考えはまだまともであり、儲けものだと前向きに考えて欲しかった。当時でも「ヤマギシズム学園の光と影」は出版されていたので、是非読んでみて欲しかった。

その後の生活や体験した内容は自分には計り知れない事だが、あそこまでヤマギシを全面に押し出す作品ではないのかなと感じた。映画自体を批判している訳ではないので、その辺は理解して欲しいものだ。







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